ラブライブ!サンシャイン!!The School Idol Movie Over the Rainbow。

見に行ってから大分時間経ってしまいましたが。
とりあえず一度は、という事でフィルムが特典の週に行って来ました。
案外と劇場版フィルム的なのは好きなので(いいシーンが来るかはともかく)、
そう言うのが特典になる週に行くのが個人的には良いかなと思ってます。
ちなみに公開自体からは大分経ってましたが…。
席の埋まりは50%~70%ぐらい、って所でした。
若い人と、後結構カップルで来てる人は見ましたね。
大体の人は多分何度目か、とかの特典狙いだと思いますけど。

と言う訳で肝心(?)の内容ですが…。
うーん…まあ正直な所可もなく不可もなく、ってのが見終わっての感想でした。
と言うか、ぶっちゃけラブライブ! 自体がそこまでストーリーよりの作品ではないので、
キャラクター性や曲、まあ後は作中歌にあわあせたプロモーション的な映像ですかね。
そっちの方をどちらかと言えば評価すべきシリーズじゃないかなとは思ってるので、
ストーリーに関して言えば大筋の一本があればそれで良いのでは?
そんな見方なので、俺は別に悪いとも良いとも思いませんでした。
μ’sの方はスポ根的な良さ、というものはストーリーにあったと思いますけどね。
ただ、劇場版で描きたかったことってのはなんとなく判ります。
3年生(かなまりダイ)が抜けてどうするのか、と言う所。
それからセイントスノーも含めた2年生以下の気持ちの変遷ですね。
言ってその2つの部分に関して言えば十分描かれてたのかなと思いますよ。
3年生が抜けた後のAqours、ってのが要はイタリアパートですよね。
確かに本当はアニメ版の最後で3年生の3人は旅立つ事を決めているので、
それ以降は2年生と1年生、つまり6人が6人なりに考えて行動する事が大事なんですけど。
…ま、視聴者的には確かにそう決めたんだったら6人で考えて先に進みなよ。
って思うところなんですが、自分がもし当人だったらとして考えてみると、
それって結構難しいと言うか…不安感やどうしたら良いんだろうって思っちゃいますよね。
まんま中学高校の部活で3年生の先輩が抜けた時を考えたら良いと思うんですよ。
今まで一緒に頑張ってきた先輩が抜けた後、結構不安になりますよね、最初の試合とか。
ただ、そう言う意味で精神的な自立と言うか。
それが重要だということはスポ根漫画的には言わずもがな。
故にその自立するまでの所が最初の方は描かれてたかなと思います。
ある意味3年生が奔放なのは、果南ダイヤ鞠莉の過去に由来するもので。
他のメンバーよりも長く、3人で行動して来てるってのがありますからね。
この3人に関しては、この3人なりの繋がりで動いてるってのが判ればそれで。
もちろん、この3人だって素直に自立した、とはやっぱり思いませんけどね。
3人で行動してる所が結局の所その証左かなと。
後半…と言うかセイントスノー含めた2年生以下での話はそこから一歩進んだ部分。
ここからはルビィが主軸として描かれてましたが、弱さと強さの象徴と言うか。
理亞も含めてなんですが、この二人ってお姉ちゃんにべったりなわけですよね。
加えて理亞はどうやら聖良とやるはずだったダンスを失敗してたという事で…。
ま、精神的に参っちゃって、その上お姉ちゃんが抜けちゃうのに、って感じで。
ルビィも含めて、要はここらへんはこの二人が軸となって、先達から自立する。
と言う所が描かれてたのかなと言う感じでした。
要するに前半も後半も、Aqours(と理亞)が自立するきっかけ。
というものを描いているので、それが理解できれば良いんじゃないかなーと。
ちなみにルビィは理亞よりも早く精神的に一歩先に進んだ感じでしたが、
その背景は言わずもがな、Aqoursとしてのメンバー、5人が居るからですね。
ここらへんはAqoursとSaint Snowの違いが如実に現れてて、
ある意味では理亞がSaint Snowに拘る理由の一つでもあるわけですね。
真面目な話はさておき。
そんなSaint Snowの最後の一曲はなかなか良かったです。
と言うか聖良姉さまエロ過ぎワロタ…北海道はこんなえっちなのかよ!
ぐらいの勢いでしたが、多分曲としても今回の劇場版の中ではトップクラスかなーと。
Saint Snowの曲が上位かよ! って言われそうな部分はあるんですけど、
そもそもサンシャインでの曲の中でもSaint Snowの曲っていい曲多いですしね。
Aqoursよりも挑戦した曲になってるのが印象に残る一因かもしれませんが。
後思ったのは若干μ’sの映画を引き摺ってる所かな…。
ぶっちゃけ無理やりミュージカル調にする必要とかはないと思うんですよね。
無印の映画はそれぞれ3年、2年、1年生の3人ずつでミュージカル調にしてて、
ある意味それが中々良かったと言うところもあるのかなとは思うんですけど。
Aqoursと言うか、サンシャインがそれに引き摺られる必要ってのはなくて。
曲調もそうですが、サンシャインはサンシャインのAqoursはAqoursのらしさ。
ってのをもっとしっかり監督が描いて行く方が良かったのかな、とは思いました。
ま、とは言っても監督にせよAqoursのメンバーにせよ、それを見つける。
と言うのがいかに難しいのかと言うのは想像に難くありませんが。
他はまーキャラによっての出番の優遇の差はまあしゃーないと思います。
今回、どうしてもこの6人+1(理亞ね)の自立と言うテーマがあったと思うんですが、
だとするならルビィが主軸に話を進めていくのが一番収まりが良いんですよね。
なぜかって言うと、理亞と言うライバル、理亞と同じ様に姉が居ると言う境遇ね。
描くにあたって一番判り易いので、そりゃ主軸にもなるよねって事です。
なので花丸が出番少ないとか、善子が少ないとか、まあそう言うのはあると思いますが、
展開的な物量というものがやっぱりあるのですべて平均を取るのは難しいかなと。
ま、とは言え無印と違って、卒業のその先に…が描きたかったと思いますし、
そう言う風に差異があったことは続作品の映画としては良かったと思いますよ!
ただま、どちらに転んでも何かと言われる作品ではあるのは間違いないと思いますけどね。
その辺はある意味では呪いのようなものなので中々来れるものではないですね。
ちなみに俺の貰ったフィルムですが。
3年生曲、逃走迷走メビウスループの3人のドレスでのダンスのシーンでした。
そう言えばちょくちょく、そこに居ないのにメンバーがMVシーンで描かれてるのがおかしい!
って意見が有りましたが、MV的なシーンにリアリティ持ち出してどうしたいのか謎w
ああ言うのってある種概念的なものだから映像の良さの方を優先すべきだと思いますし、
ミュージカル的なものってのはなんかそう言うふうなライブ感で良いんじゃないかなーと。
ぶっちゃけ、監督が良いと思って映像を作ったのならそれで良いんじゃないかなぁ。
そんなの言い出したらどのアイドル作品でも、急にステージがびっかんびっかん光ったり、
明らかにそこにはない仮想現実のステージとかが現れるの全部否定しないといけなくなりますよ。
つまり、細かいこたぁ気にすんな! で良いと思うんですけどねー。
そんな部分の否定って別に作品の本質にはなんら関わってないですしね。
と言う訳でまあ、そこまで悪かったとは思いませんでした。
もともとキャラアニメ、って事を前提としておくべきではあると思いますけどね。
他のストーリーが強い作品と同列に他の作品から見て語る必要はまったくないと思います。
逆にストーリー作品のシリアスの最中に急にミュージカルしはじめても頭おかしいでしょ。
SAOでアスナ助けるシーンで全員がミュージカル調MV! とかたまったもんじゃないですよね。
なのでそう言う意味で同列で見る必要は個人的にはあんまりないと思ってます。
何故か同列でストーリーが! とか言う人を良く見かけますけどね。
もちろんそれらが100点のレベルで融和するなら凄いことだとは思いますけど。
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